いつかは中年になるみなさまへ

この記事はコミュニケーション Advent Carender 2015の19日目の記事です。

 

コミュ障の中年がコミュニケーションについて書きます。

 

おいちゃんはコミュ障ではありますが、過去に営業をやっていたこともあったりします。

営業職当時はおおむねご年配の方がお客様でした。

世の中には神様がお客様になっている業界もあるようですが、おいちゃんはポンコツ営業だったせいか、お客様の中に神様はいらっしゃいませんでした。

たまに糞様か仏様(物理)が混じっていた程度です。

そんな中で「歳を取ったら気を付けよう」と学んだこと、今気を付けていることを書きます。

 

 

笑顔が大事

 

人間は不機嫌な顔の人を好ましく思うことはほとんどありません。

歳を取れば否応なく生物的な美醜は衰える方向に動いていきます。

この二つを並べて考えた時、「不機嫌な中年」は相当に人から嫌がられるであろうということはご理解いただけると思います。

しかも歳を取ると色々なことがおっくうになって、世の中のいろんなことがつまらなく見え始め、新しい事にもドキドキしなくなってきます。

「箸が転がってもおかしい」と思う年頃の子はさして努力をせずとも毎日何かにドキドキして面白いと感じて笑顔になる瞬間は多いかと思いますが、中年はまずもって不機嫌な顔になりやすい心理状態にあるわけです。

歳を取ればとるほど意識的に朗らかな顔を心がけましょう。むしろ怒る時でも笑顔でいる、くらいでちょうどいいのです。

いつも怖い顔をしないと若いモンがお説教をちゃんと聞かないと思っている人がいたら、

「そりゃ、あんた、顔云々じゃなくてアンタの説教に実がねぇんじゃねぇの?」

とおいちゃんは思うのです。

 

 

「それは違うよ」と若い人に話すとき

 

歳を取ればある程度経験が身についています。

この場合の「経験」とは意識的に学んだものや自分から進んで得たもの以外のいわゆるKKD(勘と経験と度胸)の経験、ですね。

人を育てる大事さが理解できている中年なら若い人が危なっかしいことをし始めた時、必ず「あ、そこダメ。そこ通ると転ぶよ」と手を差し伸べたくなるものです。

そういうとき、前述のように怖い顔でお説教をする人もいるでしょう。「そうやって仕事を覚えるんだ、俺もそうだった」と思い、何も言わない人もいるでしょう。

おいちゃんがそういう時に心掛けているのは

  • まずは「転んだ時の最大被害コスト」を考えて、チームとして、ビジネスとして、その若い人本人の力量として許容範囲内であると考えたら口を挟まない
  • 口を挟むべきと考えたら、若い人の意見、どうしてそうしようと思っているのか、どういう結果が得られると考えているのかを聞いて、それを肯定する
  • 次においちゃんが考えるそのデメリットを伝え、その対策を聞く
  • だいたいの場合、デメリットのリスクに対する見積もりは甘いので、そこを一つ一つ指摘して、違う道を考えねばならないと理解してもらう

という流れです。

こうやって列挙すると完全に嫌味な中年ですよねぇ。

所謂「正論で論破する」系の流れなので乱暴にやるとこれはむしろこちらが痛い目を見ます。しかしながら自分も歳を経てきたなかでなんとなく感覚で身に付いた「経験」を若い人に説明するならちゃんと理論立てて話さないと理解はしてもらえないので、必然的にこういう流れになるのです。

ただ、相手も馬鹿ではないし、中年よりも脳細胞が躍動的な若者です。下手に考え方を押し付けるより、粛々と課題を提示していってそれを解決する方法を考えてもらったほうが、時には中年が思いつかないようないいアイデアを出してくるかもしれません。

そうなったら、4番目のところが「こちらが納得してその道を進んでもらう」に変更されます。この変更が出来ない中年は若いモンのやることに口を挟むべきじゃない。

 

 

 

若い人同士のコミュニケーションにおけるリーダーを見つけて、そっと観察する

 

会社でよくやりがちなのが「若いモンを育てるために積極的に会話の中に入っていく中年」を推奨することです。

これは正直糞以外の何物でもない。

中年の長話はだりぃし、話してる間中気を使わなきゃいけないし、で正直チームを疲弊させる元にもなります。

なにより
俺らも若い頃はこういうおっさんおばさんが嫌で嫌でしょうがなかった。
という一語に尽きます。

あの当時の嫌な中年に自分がなりたいとは思いません。

中年のおいちゃんがチームに貢献出来る方法を考えて、若い人同士の会話でリーダーになっている人を見つけ、そっと観察するようにしています。

自分だったらああいう言われ方をしたらどう考えるだろう、ああいう物言いで話しかけてくる人に対して、話の中身は別としてどういう印象を受けるだろう。

そういうことを考えながら観察し、受け手の反応を見ます。

若い人も様々です。リーダー格でありたいと考えているけど物言いがネガティブな人、育成を重視しているけどスキルがそれに追いついていない人。

そういうのは受け手の若い人もちゃんと感じているのです。

しかし、リーダーの役割を頑張っている人も欠点はあってもすべてが悪意で動いているわけではないと思うのです。(つーか、悪意だけでチーム内で動く奴ってもっと陰険だし、クソだからね。)

受け手がリーダーの話をネガティブにとらえていると感じた時に中年はその補完をすべき立場にいると考えています。

おいちゃんがやっていることは

  • 正しくはあるがネガティブな物言いをする人、ようは話を否定から入る、疑問形に疑問形で返す、言うことが毎回違う人と話をする前に話の要件を聞き、受け手が理解できていない部分を補強。その上で要件に対する案を複数パターン伝える。
  • 育成を重視しているけどスキルが追いついていない人と話をするときはリーダー、受け手、おいちゃん、で話をし、リーダーに「提案をする」格好で話を進める。

です。

そしてどれのパターンでも一貫して「自分がリーダーになろうとしない」という姿勢で対応します。彼らの関係性を崩してはいけません。

これはおいちゃんがマネジメントのキャリアを持とうとしていない点が大きな理由ですが、おいちゃんくらいの世代の場合、マネジメント職であっても「直属の部下」は複数いて部下は部下同士、先輩後輩などの職位とは違う日常業務におけるリーダー・メンバーの組みがある程度出来ていると思うので、マネジメント職の中年でも有効だと思います。

中年は若い人から見れば妖怪と同じで歳を経た分、正直若いモンを懐柔して「子飼い」を作ることは比較的簡単だと思います。しかしそれをやると手痛いしっぺ返しを食らうのです。このしっぺ返しで致命傷を負った中年はたくさんいます。

自分の仕事を完遂したいなら「子飼い」を作らないことをお勧めします。

 

 

まあ、つらつらと書きましたが、おいちゃんが気を付けていることはこんな感じです。

当然ですが、おいちゃんはポンコツ中年ですので、これを実践できる時もありますが、実践できない時もあります。

おいちゃんもできなかった時には出来なかったなりに「あ、アカンかった・・・」と反省します。

ただ、覆水盆に返らず、発言は消しゴムでは消せない、などと言われるように、コミュニケーションは一期一会であり、取り返しはつきません。

こうあるべきだ、という考えはちゃんと持っていた方がいいし、ちゃんと意識して心掛けるようにした方がいいでしょう。

 

 

※おまけ

みなさんが中年になったら、たまに親と会話をしてください。

愚痴を垂れ流すだけでもよいです。愚痴を我慢して聞くのもよいです。

親は一番身近な「先輩中年」です。

自分が歳を取ればとるほど、親も年老いていき、「親だから」「手本だから」という仮面がぽろぽろ剥がれてむき身の中年像が出てくると思います。

「嫌な考えだ」「歳を取ってちょっと違ってしまった」「こんなにも理解力のない人だったっけ?」などいろいろと思うことがあると思いますが、恐らくそれが自分に対する親の最後の躾なのだと思います。

「歳を取るとこういうふうになる」というのを若いうちに見せて、対策をする時間をくれる、大切な躾なのだと思います。

 

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